AHUNAVATI GATHAS

PART5

「アフラ・マズダー」
< Afura Mazudaa >

Ahura Mazda

"Ahura Mazda"



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『アフナワティー・ガーサー』には、いったい、何が書いてあるのかというと、

「私:ザタスシュトラ・スピターマは、天国や地獄の存在を信じます。だから、最高神:アフラ・マズダーよ、どうしたらいいのか、私に教えてください。」

と、書いてあるのだが、ところが、その、「どうしたらいいのか?」という、答えが書かれていない。ただひたすら、アフラ・マズダーに向かって、「教えてください」と、祈っているだけである。

これは、いったい、何なのか?

つまり、アフラ・マズダーの目的は、ザラスシュトラ・スピターマに対して、「来世という存在を信じろ」とだけ、説明していた・・・・・ということだ。それ以上の返答は、返していないのである。

つまり、『アフナワティー・ガーサー』の中では、「どういう生き方が善で、どういう生き方が悪なのか?」という、説明が、存在しないのだ。のちに、ゾロアスター教の指導者たちは、「救世主思想」とか、「最後の審判」など、キリスト教に似たような教義を確立していったのだが、それらは、おそらく、ユダヤ教や、他の宗教の影響を受けているのであり、もっとも原始的な状態、つまり、開祖:ザラスシュトラ・スピターマの時代には、ただ『来世思想』だけが存在していて、「どういう生き方が善で、どういう生き方が悪なのか?」という教義は、存在しなかったのだ。

ならば、むしろ、それだからこそ、筆者が推理した『グランドペアレント宗教』の特徴と一致する。

そして、この推測は、正しいと思う。『原始ゾロアスター教 [Primitive Zoroastrianism]』こそが、『グランドペアレント宗教 [Grandparent Religion]』なのだ。ここから、「どういう生き方が善で、どういう生き方が悪なのか?」という、答えを求めて、『古代五宗教 [Ancient Five Religions]』(ゾロアスター教、ユダヤ教、バラモン教、道教、儒教)が、誕生していったのである。

『アフナワティー・ガーサー』には、「どういう生き方が善で、どういう生き方が悪なのか?」という、説明が存在しない。だからこそ、これが、『グランドペアレント宗教のテキスト』なのだ。

テキストの中で、『牛』が登場するが、動物の牛のことではなく、新約聖書の中で、キリスト教徒のことを『羊』に例えて表現し、キリスト教指導者のことを『羊飼い{ひつじかい}(牧羊者{ぼくようしゃ}) [shepherd]』と呼んでいるが、それと同じような表現方法かと思われる。つまり、『牛』とは『ゾロアスター教徒』を意味していて、『牧養者(ぼくようしゃ)』とは『ゾロアスター教指導者』を意味すると思われる。

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このサイトを作成している最中にも、また、一つの発見をした。『神道』と『ゾロアスター教』の類似性に関してである。

写真を見比べていただきたい。



フラワフル / フラワシ
Faravahar / Fravasi
神道(しんとう) の『注連縄(しめなわ)』
Shinto's "Shimenawa"



「『フラワフル』と『注連縄』の形が似ているのだ。

『フラワフル [Faravahar]』は、ゾロアスター教のシンボルマークである。普通は、「向かって左向き(=人物自身は右向き)」の画像を使うようであるが、「向かって左向き」のときも、「向かって右向き」のときも、必ず、左手に『円環(えんかん) [ring(リング)]』を持っていて、右手は少し上に上げている。

それらの意味は、一般的には、こう、解釈されている。

◆羽根を持つ円盤 ... 古代エジプトの神:『ホルス [Horus]』を起源としたデザイン

◆左手の円環 ... 宇宙の支配権を象徴する

◆右手... 祝福の仕草

◆人物像 ... 王権の象徴


【ウィキペディア】★ホルス


ゾロアスター教を紹介したウェブサイトは少ないが、どのウェブページでも、ほぼ同じ説明をしている。

『有翼円盤(ゆうよく・えんばん)』という表現に関してだが、英語でも、『Winged Disc』という表現がされている。意味はまったく同じで、「翼を持った円盤」という意味である。日本語では、他には、『有翼光輪(ゆうよく・こうりん)』という表現もあるようだ。
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ゾロアスター教のシンボルマークをどう解釈するかはともかく、日本の文化における『注連縄』と、形が似ていることは確かだ。

写真は、神道の『神棚(かみだな) [altar]』に飾られた注連縄である。

日本人は、年末年始に、この注連縄を、家の玄関の上とか、部屋の中の神棚(かみだな)に飾る習慣がある。

日本人自身、「どうしてこういう形にして飾るのか?」ということに関しては、よく分かっていない。

漢字の『注』は、『注ぐ [pour]』という意味を持ち、『連』は、『連なる [range]』であり、『縄』は、『ロープ [rope]』の意味を持つ。『注連縄』と書いた場合だけ、『注連』を『しめ』と読む。

「日本」とか、昔の「奈良県」という意味を持つ『大和(やまと)』という漢字も、『大和』と書いたときだけ『やまと』と読むが、普通は、『大=やま』『和=と』とは、読まない。『注連縄』も、普通、『注=し』『連=め』とは読まないし、『注連』という2文字だけの場合も、『しめ』とは読まない。『注連縄』という3文字が並んだ場合だけ、『しめなわ』と読む。ただし、人名に使う場合は、特殊な読み方をする場合がある。

つまり、『注連縄』とは、「いろいろな物を注いで連ねたロープ」という意味になる。この解釈は、他の学者も、否定しないのではないか。あるいは、「いろいろな物を連ねたロープを、どこかの場所に注ぐ」という意味だろうか?

『注連縄』は、和英辞書では『straw festoon』となっている。「麦わらでできた花綱装飾(はなづなそうしょく)」という意味である。

注連縄の「由来(ゆらい) [origin]」に関しては、一般的には、こう、解釈されている。


【All About】★しめ縄・しめ飾りの意味と飾り方

しめ縄・しめ飾りの意味と由来

そもそも正月行事というのは、年神様という新年の神様をお迎えするための行事です。年神様は家々にやってきて、生きる力や幸せを授けてくださると考えられています。そこで、お正月が近づくとしめ縄やしめ飾りを施し、年神様を迎える準備をします。

しめ縄(注連縄)には、神様をまつるのにふさわしい神聖な場所であることを示す意味があります。しめ縄が神の領域と現世を隔てる結界となり、その中に不浄なものが入らないようにする役目も果たします。その由来は、天照大神が天の岩戸から出た際に、再び天の岩戸に入らないようしめ縄で戸を塞いだという日本神話にあるとされ、「しめ」には神様の占める場所という意味があるといわれています。

しめ飾り(注連飾り)というのは、しめ縄に縁起物などの飾りをつけたものをいいます。代表的なのが、神様の降臨を表す「紙垂」(かみしで/しで)、清廉潔白を表す「裏白」、家系を譲って絶やさず子孫繁栄を願う「譲り葉」、代々栄えるよう願う「橙」などです。

もともとは、神社がしめ縄を張りめぐらせるのと同じ理由で、自分の家が年神様をお迎えするのにふさわしい神聖な場所であることを示すために始まったといわれています。しめ縄やしめ飾りを施すことで、その内側が清らかな場所となり、年神様が安心して降りてきてくださるわけです。



『しめ縄』とは、『占(し)め縄』という意味があり、『神さまが占有(せんゆう)する神聖な場所だから、普通の人間を、その場所と隔(へだ)てるのだ」ということであるらしい。

日本人の中には、「ゾロアスター教と神道の類似性」や「ゾロアスター教と日本仏教の類似性」を研究している人が何人かいるらしい。

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ペルシャ語の『フラワフル』、すなわち、アヴェスター語の『フラワシ』は、『精霊(せいれい) [spirit]』とか、『祖霊(それい) [ancestor's soul]』という意味である。

日本仏教では、

「死者は、此岸(しがん)(この世=現世{げんせ})から、『三途の川(さんずのかわ)』を渡って、彼岸(ひがん)(あの世=霊界)に行く。」

【「三途の川」は「三途川」と書く場合があるが、この場合も「さんずのかわ」と読む。「さんずがわ」という読み方をする場合もある。】

と信じられているが、ゾロアスター教では、川に架かっている『チンワトの橋{チンワトのはし}(チンワト橋{チンワトばし}) [<English> Chinvat Bridge] [<Avestan> Cinvato Peretum]』=『選別者の橋(せんべつしゃのはし) [Bridge of Judgement]』を渡って、天国に行く、と信じられている。

ただし、すべての人が天国に行くのではない。橋を無事に渡り切れた場合は、天国に行けるが、途中で転落したら、そこから地獄に落ちる。

日本語の『此岸」とは、「こちら側の川岸」=「こちらの世界」、「彼岸」とは、「あちら側の川岸」=「あちらの世界」という意味である。

漢字の『途(と) [<Chinese> tu]』は、「道」という意味である。『三途(さんず)』とは、『三種類の道』という意味である。

日本仏教における『三途の川』の話では、こう説かれている。

「死者の魂が川を渡るとき、善人の場合は、『橋』を使うことができるので、ほぼ間違いなく、向こう岸に渡ることができるが、罪がある人は、橋を使うことはできない。しかし、罪が軽い人の場合は、『水の流れが緩(ゆる)い「浅瀬(あさせ) [shallow]」』を渡るので、向こう岸に渡り切ることができる可能性は高い。ところが、罪が重い人の場合は、『水の流れが速く、深さの深い「瀬(せ)[rapid]」』を渡らなければならないので、渡り切れずに、流されて、地獄に行く可能性が非常に高い。」

ゾロアスター教における『チンワトの橋』の話では、こう説かれている。

「死者の魂が、橋を渡るとき、善人の場合は、『幅が広い橋』を渡ることができるので、途中で橋から転落する可能性は低い。罪が軽い人の場合は、『善人の場合よりも幅の狭い橋』を渡るので、途中で転落する可能性は少しだけ高くなるが、渡り切ることができる可能性は高い。これらに対して、罪が重い人の場合は、『非常に幅が狭い橋』を渡ることになるので、途中で転落する可能性が非常に高くなる。転落した場合は、そのまま地獄に落ちる。こうして、死者の魂は、この橋で『選別(せんべつ)』が成されるのである。」

つまり、日本仏教における『三途の川(三途川)』と、ゾロアスター教における『チンワトの橋(チンワト橋)』の教えの内容は、本質の部分では、まったく同じなのだ。

現代仏教における、異常に難しい『法話(ほうわ)』に比べると、何と分かりやすい説明だろうか? こういう説明だと、

「生きている間に、善いことをたくさん行なえば、天国にはいれる可能性が高くなるんだ。」

と、子供でも理解できる。

最高神:『アフラ・マズダー』は、このような、「誰にでも理解できるような、簡単な説明」を、心掛けていたのだ。

伊藤義教によると、その川の名前は、アヴェスター語で『Haetu』、サンスクリットで『Setu』、中国語で『三途 [San-tu]』であるという。あるいは、「固有名詞 [proper noun]」ではなく、中国語・日本語の『川(かわ)[chuan]』、英語の『river』が、アヴェスター語では『haetu』、サンスクリットでは『setu』である、ということかも知れない。いずれにせよ、日本語では、まさしく『三途川 [San-zu River]』になる。この中国語翻訳の場合、発音もほぼ同じであり、なおかつ、意味も合っている・・・・・という、非常に特殊な翻訳方法である。


【ウィキペディア】★三途川


【Weblio辞書】★チンワトの橋


【語源由来辞典】★三途の川


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仏教では、『盂蘭盆(うらぼん)[<Chinese> Yu-lan-pen]』という行事がある。『盂蘭盆』は、一般的には、仏教経典:『盂蘭盆経』(うらぼんきょう)』から取られた言葉であり、『倒懸(とうけん)』=『逆さ吊り(さかさづり) [<Sanskrit> Avalambana / Ullambana]』という意味であると信じられている。

しかし、『盂蘭盆経』は、中国で作成された経典であり、インドから来た経典を中国語に翻訳したものではない。この経典は、仏教経典なのだが、『親孝行』を重視する宗教である『儒教』の要素が強い。

日本国で『盂蘭盆会(うらぼんえ)(=精霊会{しょうれいえ})』というのは、夏季に行なわれる仏教の行事であり、一般的には、『お盆(おぼん)』と呼ばれている。その時期に、『先祖の霊』が、現世に戻るのだという。

『ウラボン』とは、アヴェスター語で『霊魂』を意味する『ウルヴァン [Urvan]』が語源だとする仮説もある。


【ウィキペディア】★盂蘭盆経


【ウィキペディア】★盂蘭盆会


【ウィキペディア】★お盆

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日本人の研究家に、「フラワフルと注連縄の形が似ている」ということを主張する人は、何人かいるようだが、しかし、「フラワフルを、こう解釈する」という人は、いないのではなかろうか? 少なくとも、この解釈は、他の人の主張を見て書いたのではない。

この絵は、

「最高神:アフラ・マズダーが、円形の乗り物に乗っている。」

という姿を表現しているのである。

鷲(わし)のような羽根は、エジプトの神:『ホルス』とは関係がない。

「円形の乗り物は、人を乗せて空を飛ぶことができる。」

ということを表現しているのである。

つまり、筆者の解釈は、こうだ。

◆羽根を持つ円盤 [Winged Disc] ...

『空中を飛行する、光り輝く円形の乗り物』=『空飛ぶ円盤』
"Luminous Circular-Aircraft What Flying In The Sky"= "Flying Saucer"

◆左手の円環 [left-hand's ring] ...

『自動車用ハンドル型の宇宙船用操縦桿』
"Steering-Wheel Type Spacecraft Control-Stick"

◆右手 [right-hand] ...

『知識を授ける仕草』
"Gesture What Gives Knowledge"

◆人物像 [person's figure] ...

『博学の人物:アフラ・マズダー』
"Erudite Person: Ahura Mazda"

◆帽子 [cap] ...

『パイロット用ヘルメット』
"Helmet For Pilot"

◆長い髭 [long beard] ...

『酸素マスク』
"Oxygen Mask"

つまり、『最高神:アフラ・マズダー』というのは、

「他の惑星から『空飛ぶ円盤』に乗って地球に来た、博学の人物。」

だったのである。

操縦桿が、「自動車用ハンドル型 [steering-wheel type]」になっているのは、『空飛ぶ円盤』というのは、急角度で反転したり、ジグザグに飛んだりするので、単純な操縦桿では、それらの操作ができないから、形が『円環』になっているのである。この操縦桿を、前後に振ったり、左右に振ったり、上下に動かしたり、回転させたりして、円盤の進行方向を指示するのである。



空飛ぶ円盤 / 航空機 / パイロット
Flying Saucer / Aircraft / Pilot
Cinema "INDEPENDENCE DAY" (1996 / Twentieth Century Fox)
Arien Spacecraft / F/A-18 Hornet / Will Smith
ゾロアスター教の紋章
Zoroastrianism Emblem



左手に握っている『光輪(こうりん) [luminous ring]』は、アヴェスター語では『クワルナフ(フワルナフ) [Khvarenah]』と言い、『栄光(えいこう) [glory]』とか『光輝(こうき) [splendour]』という意味がある。

ゾロアスター教の伝説では、

「このリングを手にした者は、大地を支配できる。」

という。

確かに、この『円環型操縦桿 [ring type control-stick]』を握った者は、全世界のどこでも、思いのままに移動することができる。つまり「大地を支配できる」のである。

紋章の全体的な形は、「空飛ぶ円盤」にも似ていて、そして、「航空機」にも似ている。

筆者の『フラワフル』の解釈から連想すると、年末年始に『注連縄』を飾る意味は、

「自分たちも、『神官(しんかん) [priest]』から知識を授かり、三途の川に架かっているチンワトの橋を渡り切って、アフラ・マズダーが住む天国に昇りたいと願って、『空飛ぶ円盤』と『航空機』の形にして飾っている。」

ということになる。

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18世紀、フランス人の東洋学者:『アンクティル・デュペロン [Abraham Hyacinthe Anquetil-Duperron](A.D.1731 - 1805)』は、ゾロアスター教の経典を求めて、1754年11月、インドに向かってフランスのパリから船で出発し、9ヶ月後の1755年8月にインドに到着、その後、経典を探す旅を続け、グジャラード州:『スーラト市 [Surat City]』のパールシーたちからも、ゾロアスター教を学び、1761年3月、6年間滞在したインドを離れ、8ヶ月後の1761年11月に、連合王国(=イギリス)のポーツマスに到着、4ヶ月後の1762年3月、8年ぶりに、パリに帰ってきた。

まるで『玄奘(げんじょう) [Xuan-zang](A.D.602-664)』の「ヨーロッパ人バージョン」ような、8年間に及ぶ、命懸(いのちが)けの旅だった。インドでの6年間の滞在中、何度も死にかけたらしい。400キロメートルの道のりを歩かなければならなかったこともあるという。

そして、ゾロアスター教の経典群の写本をたくさん持ち帰り、ヨーロッパで、有識者たちから、それらの翻訳版の出版を期待される。

帰国の9年後、1771年、『アヴェスター』と、その注釈書である『ゼンド [Zend]』を合わせた、『ゼンド・アヴェスター [Zend Avesta]』のフランス語翻訳版:『ZEND AVESTA, OUVRAGE DE ZOROASTRE(ゾロアスターの著作:ゼンド・アヴェスタ)』(全3巻)を出版する。

しかし、デュペロンによるヨーロッパ言語翻訳版を待望していた知識人たちは、その書籍を読んで、あまりにも期待外れの内容に、がっかりした。

批判的な人は、こう評価した。

「デュペロンは、インドまで行って、ゾロアスター教の中の、ガラクタを集めてきた。」

デュペロンに同情的な人は、こう評価した。

「きっと、デュペロンは、インドのパールシーたちに、騙されたのだ。ゾロアスター教徒たちの秘密主義は非常に堅い。本当に重要な秘密は、部外者であるデュペロンには教えなかったのだ。」

こういう批判だった。

ヨーロッパ人が期待した内容は、キリスト教の『聖書』に匹敵するような、壮大なドラマと、崇高な教義内容を持った、神の聖典だったのだ。『アヴェスター』は、キリスト教の『オールド・テスタメント・バイブル [Old Testament Bible(旧約聖書)]』や『ニュー・テスタメント・バイブル [New Testament Bible(新約聖書)]』と比較すると、あまりにも、レベルが低かった。本当に、この程度の宗教が、昔、中東地方を征服したペルシア帝国の国教になっていたのだろうか?

デュペロンは、1801年、バラモン教の経典である、『ウパニシャッド』のラテン語翻訳版を出版する。しかし、1805年に亡くなるまで、遂に、ヨーロッパの知識人たちから、称讃されることはなかった。


【コトバンク】★アンクティル・デュペロン


【Wikipedia】★Abraham‐Hyacinthe Anquetil‐Duperron★(日本語なし)


デュペロンは、どれだけの批判を浴びても、「この翻訳で正しいんだ」と、言い張っていた。インドで苦難の旅をしてきたのは事実なのだから、勝手に想像して、壮大なドラマを描けば、読者のみんなが信じ込んで、書籍は大ヒットして、有識者たちから称讃を浴び、金銭的にも大儲けしたであろうが、絶対に、それはしなかった。死ぬまで貧困生活を強(し)いられても、「この翻訳が正しいんだ」と言い張った。

だが、筆者は、こう考えている。

「その、『中途半端で、物足りない感じの経典』こそが、本物の、ザラスシュトラ・スピターマの経典なのだ。

なぜなら、ザラスシュトラ・スピターマは、紀元前65世紀の人物であり、キリストよりも、6000年以上前の時代の人物であり、その頃の人類は、ただ食って寝ているだけの生活をしていたのであるから、空から『有翼光輪』の飛行物体に乗って降りてきた宇宙人:アフラ・マズダーが、地球の原始人たちに教えた教義は、

「善い生き方をした人は死後、その魂が天国に昇り、悪い生き方をした人は、死後、その魂が地獄に落ちる。」

「死者の魂は、『三途の川』に架かっている『チンワトの橋』を渡る。その橋は、善い生き方をした場合は橋の幅が広く、悪い生き方をした場合は橋の幅が狭い。橋を渡り切れた魂は天国にはいれるが、途中で転落した魂は地獄に落ちる。」

こういった内容の、『来世信仰』だけだったからである。」

つまり、デュペロンが、インドのパールシーから学んだ教義内容は、正しかったのである。

その、くだらない内容の経典こそが、本物の、「8000年以上前の原始時代の宗教」だったのだ。

そこまで古いと、『古代 [ancient]』というよりも、『原始時代 [primitive]』なのだ。ゾロアスター教の中の『アフナワティー・ガーサー』は、『原始時代の宗教 [Primitive Age's Religion]』だったのである。

筆者は、ある日本人学者が書いた書物に、「デュペロンが翻訳した『ゼンド・アヴェスタ』は、出版当時、ヨーロッパの知識階級の人たちから酷評された」・・・・・と書いてあるのを読んで、むしろ、そのときにこそ、

「アヴェスターこそが、人類最初の宗教の経典かも知れない。」

と、直感で感じ取った。そして、今は、『アヴェスター』の中の一部分である『ガーサー』の中の、更にその一部分である『アフナワティー・ガーサー』が、その、『人類最初の宗教の経典』だと思っている。

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筆者は、10年以上前から、『バラモン教』を研究しているが、以前から、こう感じていた。

バラモン教で説かれている「主題 [theme]」は、『梵我一如(ぼんがいちにょ)』という、神秘体験である。『クンダリニー [Kundalini]』や『チャクラ [Chakra]』などの、非常に複雑な教義が展開されている。

『バラモン教』というのは、紀元前10世紀よりも古い宗教である。『ヴェーダ経典群 [Vedas]』や『ウパニシャッド経典群 [Upanishads]』というのは、紀元前10世紀前後から紀元前6世紀にかけて成立した経典群であり、紀元前6世紀から紀元前5世紀前後の人物と言われている『ゴータマ・ブッダ [Gautama Buddha]』は、若い頃、これらの経典群を勉強したのである。

ブッダもまた、書物ではなく、経典内容を丸暗記した人物から、「暗唱(あんしょう) [recitation]」を聞いて、勉強したのだが、それはともかく、紀元前10世紀頃に、もうすでに、非常にレベルの高い教義が存在していた、ということだ。

では、「それよりも以前の宗教」というのは、どういうものなのだろう? きっと、もっと、単純な教義内容であるはずなのだ。

そして、今、その「経典」を、発見したような気がする。デュペロンが命懸けで、8年間探し続けて、ヨーロッパで、「くだらない内容だ」と、酷評されたもの-----それこそが、筆者が探していた『グランドペアレント宗教』に違いない。

イラン国で生まれた、その宗教の経典の名前は、『アフナワティー・ガーサー』だったのだ。

きっと、このテキストが、そうなのだ。

紀元前6400年頃に、この、『人類最初の宗教』が誕生して、5000年かかって、非常に高度な教義を持つ『バラモン教』へと、発展していったのだ。そして、『ユダヤ教』もまた、この『古代ゾロアスター教』の影響を受けているのである。

しかし、まだまだ、謎は尽きない。そもそも、どうして、イラン国の宗教が、日本国に存在するのだろうか・・・・・?

宗教や考古学は、一つの謎を解明すると、新しい謎が発生する。

今回のウェブサイトは、とりあえず、ここで、筆を置きたい。




----- 完 -----








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